御祭神     乃木希典命   乃木静子命
御創立の発端

 明治45年7月、明治天皇御重患の報が伝わると、全国は、おどろきとうれいにつつまれ、御回復を願う国民は天地神明に祈りをささげました。
しかし、そのかいもなく同年7月30日ついに、この世を神去りました。当時7000万の日本国民は、深くなげき悲しみました。
大正元年9月13日、御大葬が行なわれた日、軍事参議官陸軍大将従二位、勲一等功一級伯爵乃木希典夫妻は、同夜八時、東京赤坂御本邸の二階八畳間において皇居に面し、机を置き、正装端座してご殉死をとげられました。
  辞世の歌
 臣乃木希典上
  ○神あかりあかりましぬる大君の みあとはるかにおろがみまつる
  ○うつし世を神さりましし大君の みあとしたひて我はゆくなり
 希典妻静子上
  ○出でましてかへります日のなきときく けふの御幸に逢ふぞかなしき
乃木希典夫妻の別邸那須石林に御殉死の報が伝わると、乃木将軍御在世中、特に恩愛をいただいた石林住民は、大正元年9月18日、東京で行なわれた御葬儀の日と同じ時、別邸において、乃木希典夫妻の遥排式を行ないました。そして、愛国の誠を貫かれた御精神をお慕いし、尊い二柱の神霊を神社としてまつりたいという乃木神社創立の議は石林住民によつて決定され、この実現にむかつて進みました。

神社創立

 石林地区住民はその英霊を土徳の神として此の地にまつり、常に敬神の誠をささげ、永く加護の恵みを受けるために神社創立の願いを出しました。
  大正4年      県社に列せられる
  同5年 3月 6日   社殿竣工
  同5年 4月13日  鎮座祭
  同5年11月 3日  特旨をもつて正二位
  同7年 2月 8日   夫人静子を配祀祭神  として合祀